出産まで

大学病院で診察を待っている間、
眠っていないぼーっとした頭で何となくスマホで検索しながら見つけたことがあります。
鍼治療

治すことができるかもしれない。
完治しなくても改善できるかもしれない。
それは細い細いただ一筋の光の糸だった気がします。

おかげで産科の先生におろすことは言い出さずにすみました。

「産むしかないんですよね」
とつぶやくだけで精一杯でした。

予定では37週ぐらいに帝王切開することになりました。

帝王切開、、、
手術は初めてじゃないけど、普通分娩で産みたかった。
一度帝王切開で産むと、次の子は陣痛に耐えられない可能性があるから(切った子宮の部分が薄くなっている場合がある)
次に出産する時にも帝王切開を勧められるそうです。

もう普通に出産できないことがとてつもなく悲しかった。

しかも、翌日赤ちゃんの手術を任せる脳外科の先生の都合で36週で産むことが決まった。

36週で産むと早産児になる。
ここでも私は不安になってしまった。

でももう、悩んでいる時間はなかったのです。

最終的に入院の直前、友人の言葉に背中を押してもらいました。

「産まれてくる日は、実は赤ちゃんが自分で決めている」
「きっと早く産まれて来たかったんだよ」
「障害を持つ子のお母さんはみんな罪悪感を持っている」
「あなたの赤ちゃんは障害がある人生を選んで産まれてくるの」
「あなたも障害のある子を育てる人生を選んで産まれて来たんだよ」

そして最後に言ってくれました。
「奇跡は起こる」

私は今も信じています。
そういえば、とある海賊漫画のシーンにもありました。

「奇跡は諦めない奴の頭上にしか降りてこない!」
「奇跡なめんじゃないよ!!」

有名な言葉ですね(笑)
とても心に刺さった言葉でした。

それから、私は手術台の上で息子を産みました。

息子が産まれた瞬間のことは、多分一生忘れないでしょう。
大きな産声とともに、
手術室の天井のスポットライトが輝き、
神様が息子の誕生を祝福してくれているかのように感じました。

そして、なぜかとってもとっても幸せだったのです。
まぶしいくらいのスポットライトと赤ちゃんの産声。
まわりの声援。
まるで舞台上で歓声を浴びているかのような。

私はあの時のあの感覚は今でもずっと忘れません。

不安とか悲しみとか、そんなのぜーんぶふっとばして、
ただただ幸せでした。
無事に産まれて良かったと心の底から思いました。

将来、息子が成長して自分の障害に葛藤する時がくると思う。
どうして自分を産んだのと私を責めるかもしれない。

でも、私は謝らない。
貴方に会いたかったの。
貴方のママになりたかったの。
貴方を抱き締めたかったの。

そう、言おうと思う。
そして抱き締めながら
ありがとう。産まれてきてくれて。
私のこどもになってくれて、ありがとう。
愛してるって。伝えようと思う。


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